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福岡高等裁判所 昭和25年(う)2884号 判決 1951年5月19日

控訴人 被告人 八尋文吉

検察官 平井進関与

主文

原判決を破棄する。

本件を長崎地方裁判所に差戻す。

理由

本件控訴の趣意は記録に編綴してある検察官佐藤直提出の控訴趣意書記載の通りであるからここにこれを引用する。

同控訴趣意について

原判決は本件賃金不払の原因が昭和二十三年九月頃の豪雨のため坑内に浸水、石炭搬出道路決壊し約四十日間操業不能となり、且貯炭約五百噸を失ひ、爾後深刻な資金難に陥つたこと、搬出道路が翌年四、五月頃まで原状回復に至らず、打続く降雨と相俟ち出炭、運炭共に著しく振はず、且被告人が同年三月から六月頃まで病気となりたるため昭和二十四年四、五月頃西九州石炭株式会社から約金四十六万円の石炭代の収入があつた外は石炭代収入は微々たるものであつたこと、被告人は金融に奔走したが成功せず、右四十六万円中約半額は未払賃金の支払に充て、残半額を従前の賃金の支払のための過去の借入金の辨済、事業継続に必要な火薬、カーバイト、坑木等資材の購入に充て、辛じて経営を継続したことを認定して期待可能性がないとの理由で被告人に無罪を言渡したのである。

しかし(1) 企業が使用労働者の賃金を長期に亘つて支払ひ得ないやうな場合は其の原因及将来の見通によつては経営の規模の縮少、人員の整理合理化をも必要とする場合もあるのであるところ、本件炭坑が判示のやうな原因から経営が困難となり、石炭代収入が減じたこと、及被告人が金融に或程度奔走したことは原判決挙示の証拠で認められるが証人斎藤享の検察官に対する上申書(一)及乃至(四)及同人の原審公判廷の証言によつて明かなやうに本件賃金の不払は昭和二十三年十一月分以降昭和二十四年七月分までの長期に及ぶものであり且昭和二十三年十月分以前にも賃金の不払があつたのであるから、本件炭坑の経営については被告人が其の経営の規模使用人員数等の適否について検討し如何なる手段方法を構じたか否かにつき、(2) 又斎藤享の原審の証言、検察官に対する上申書(三)原審の証人小田定男の証言によれば、昭和二十三年十二月以降も被告人は賃金の一部を支払つていること、個人からの金融を受けることは全然不可能ではなかつたこと、本件不払賃金は昭和二十五年四月二十五日福岡石炭局の斡旋によつて鉱業使用権者の鉱業権者に支払ふべき使用料(約四十五万円)を不払賃金の支払に充てることとして全部支払はれたことが認められるので被告人に於て更に一段の努力をしたなら支払ふ方法を発見し得たのではないかと窺はれるところもあるので、被告人に於て賃金支払資金入手のため如何なる程度の奔走方をしたか又不要不急資産にして処分換価しうるものの有無、右期間内の収入金額及其の費途、出炭運炭の成績を上げるための努力の程度等につき、(3) 更に昭和二十四年四月五日に於て被告人は石炭代四十六万円の収入あり内約半額は炭坑経営のための資材の購入及従前の賃金支払のための借入金の支払に充てたことは原判決の認定するところであるが賃金の支払をなさず従前の借入金の支払に充てた場合には借入金の性質、借入の条件等を審究せずして従前の賃金の支払のために借入金なればとて賃金の支払に優先し得るものとは断じ難い(尤も原審判決は労働組合との話合の上其の支出を決定したかの如き認定をしてゐるが証人若松進の証言によれば軽々に其の認定をなし難い)ので右借入金の性質、返済期其の他借入の条件等につき、更に一段の審理を尽くした後でなければ期待可能性ありや否や断定することは出来ない。

原審が右諸点につき審理を尽くさず前示のやうな認定から直ちに期待可能性なしとしたことはいささか審理不尽のそしりを免れない。

以上の理由により本件控訴の論旨は理由があるので刑事訴訟法第三百九十条第四百条に従ひ主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 石橋鞆次郎 裁判官 藤井亮 裁判官 池田惟一)

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